コリドール構想

コリドール構想とは

次世代海技者のあるべき姿として、片方のウイングに優れた船舶運航能力を、そして、もう片方のウイングには国際的な海事マネジメント能力を備えた「 ボスウィングス・タイプ 」海技者をイメージすることを提唱してきた。このメッセージは、もう片方のウイングとして海事社会のマネジメン能力をいかに教育するかについて、指針を示す。

  Inter-national / Inter-university
次世代海事教育モデルの提案
神戸大学名誉教授 井上欣三

海事系大学教育の国際化推進
~コリドール構想による国際的教育連携~

近年、世界の海事教育機関のなかで、国際海事社会におけるマネジメント能力の高度化教育の必要性を認識する教育機関が増えつつあることは幸いなことである。ところが、それぞれの教育機関が提供できるマネジメントに関する教育の専門的レパートリーは狭く、それぞれの教育機関固有の専門性に従った分野に限られている。

このことは、国際海事社会におけるマネジメント問題を扱う世界トップクラスの専門家が、個々のマネジメント専門分野ごとに世界の海事教育機関に散在していることを意味している。換言すれば、ひろい視野から国際的マネジメント問題を包括的に教育できるマンパワーがひとつの海事教育機関に集中して存在する例がないという事実を意味している。

したがって、国際的な海事社会で活躍を志す学生が、高度なマネジメント能力をひろく修得できるためには、世界の海事教育機関が国際的に連携して、学生にそのような機会を提供できるように何か特別な知恵を生みだす必要がある。
これを実現しようとするアイデアが「コリドール・スクール」プログラムである。コリドール構想のコンセプトを次図に示す(画像をクリックすると拡大します)

コリドールスクールとは
コリドール・スクールは、世界各国の海事教育機関が有する教育資産を国際連携の下で共有し、有効的に活用するためのユニークな教育システムである。図に示すように、学生が、大学間を繋ぐ回廊(コリドール)を巡るかのごとく、順次、教育機関が提供する世界水準の講義を受講して回るという新しいスタイルの教育プログラムである。

■コリドール・スクールでは、教育機関間で単位の互換協定を締結することによって、講義担当大学が付与した単位をそれぞれの学生が所属する大学の単位として認定する。

■コリドール・スクールでは、国際海事社会でリーダーシップを発揮できる人材の育成に重点を置き、世界各国の海事教育機関は、それぞれの教育機関が最も得意とする「マネジメント」分野に関する最先端の知識と技術を、教授できる独自の講義を準備する。

■コリドール・スクールでは、世界各国の海事教育機関から選抜された優秀な学生達が、多国籍の混合グループでコリドールを巡回する過程において、異なる言語、文化、生活環境を協同生活の中で体験しながら、異文化理解能力、コミュニケーション能力、問題解決能力、企画能力を講義だけでなく実生活の中で学習させる点が、もうひとつの重要な教育的効果と言える。

コリドールスクールの構成

コリドールスクールは、コリドール大学(Corridor Universities)、コリドール講師(Corridor Lecturers)、コリドール学生( Corridor Students)およびコリドール事務局(Corridor Coordinator)で構成される。

コリドール事務局(Corridor Coordinator)は、メンバー大学の審査・選定、講師の審査・選定、カリキュラムの提示、参加学生の審査・選定、単位互換協定の締結調整、学生交流・異文化理解活動の企画など、システム全体の企画、調整、推進の役割を担う。

講義は、英語で行い、各コリドール大学が原則2科目を設定し、午前、午後に1科目づつ開講する。3週間集中授業(2時間×15回)として1科目あたり2単位を付与する。大学ごとに、講義と学生間交流、異文化理解活動、行事などを含めて1ヶ月を単位として担当し、学生はあたかも回廊を回るように順次コリドール大学を巡回する。

大学カレンダーは通常前期と後期の2セメスターで構成されるので、このコリドールスクールも1セメスター内に完了する範囲の期間を基本単位とし、具体的には3校ないし4校でひとつのプログラムを構成する。

フィージビリティー

アンケート調査
国際的な海事社会において、国際的な関係を意識し、国際的に問題を管理し、課題解決に向けて国際的に政策提言できるようなマネジメント感覚と高度なガバナンス能力を発揮できる人材を育成するためには、たとえば、

管理に関する基礎科学(Management Science and Technology)
海事企業経営管理(Maritime Business Administration)
国際法・条約管理(International Law and Convention Management)
人的資源管理(Human Resource Management)
海上危機管理(Maritime Security Management)
海上交通安全管理(Marine Traffic Safety Management)
海洋環境管理(Marine Environmental Management)
海事政策管理(Maritime Policy Management)
Etc.

等々、テクノロジカル分野からソシオロジカル分野までひろい範囲の教育展開が期待されるが、世界の教育機関との積極的な連携活動を機軸とするコリドールスクール実現のためには、どの国のどの教育機関が、どの教育分野で貢献が可能であり、どこにどのような教師人材がいて、どれほど積極的にコリドールスクールへの参加の意欲があるかについて情報を収集整理しておくことが必要である。

筆者は、国際海事大学連合(International Association of Maritime Universities:IAMU)に本概念を提案するとともに、2004年6月にIAMUメンバー大学に対し上記の観点からのアンケート調査を実施し、IAMUを構成する大学を対象にこのアイデア実現についての可能性を検証するためのフィージビリティースタディーを行っている。

質問状はIAMUの36のメンバー大学に送付した。このうち18大学から回答を得た。図は質問に回答した大学の地理的分布を示している。アジア、オセアニア、米国、西欧州、東欧州とほぼ世界に万遍なく分散していることが分かる。

 

大学の教育水準

Q.1
Does your university have post-graduate courses or programs in maritime management field? 
If yes, please write the name of course or program.

 

回答を寄せた18大学中17大学が、海事管理に関するコースやプログラムを提供している。コースやプログラムの内容は、以下のように分類できる。

a) Maritime transport management related to shipping, logistics and port management
この種のコースは17大学中10大学において開設されている。そして、この種のコースは世界中のどの地域でも広く開設されている。

b) Maritime business administration in the shipping and maritime related field
この種のコースは17大学中5大学において開設されている。これらのコースは、アジア、オセアニア、東欧の一部において開設されている。

c) Maritime safety and technology system management
この種のコースは17大学中4大学において開設されている。これらのコースは、アジア、アメリカ、東欧の一部において開設されている。

d) Management science and operation systems engineering
この種のコ-スは、管理の哲学を本質的に理解するための基礎的なコースであり、17大学中3大学において開設されている。これらのコースは、アジア地域において開設されている。


教師陣

Q.2
Does your university have a teacher who majors in education and research of maritime management field?  If yes, please specify who (if possible), his/her degree, the possibility of giving lectures in English and his/her research field or subjects:

 

海事管理分野の教育研究を専門とする教師陣の有無については、18大学中17大学が“いる”と答え、1大学は無回答であった。これら17大学から、海事管理の広い分野にわたる教師陣66名が紹介された。彼らの教育研究のメジャーは、以下のとおりである。

a) Maritime economics, marketing, business    14名
b) Logistics and transport                     11名
c) Maritime safety and security                13名
d) Maritime policy, strategy, quality system      9名
e) Nautical techniques                         6名
f) Management science                         5名
g) Port operation and management              4名
h) Maritime law and convention                 3名
i) Maritime environmental management         1名


66名の教師陣は、ほとんどすべてが博士の学位を有し、かつ英語で講義することが可能である。

Q.3
If necessary, your university can arrange a lecturer from other universities, companies or industries etc?

 

海事管理の教育研究分野は、技術的分野から社会科学的分野まで、また、理論的アプローチから実務的アプローチまできわめて幅が広い。その意味から、IAMUメンバー大学以外の他大学や企業に有能な教師陣を見出せるのであれば、彼らをコリドール講師として招聘することも考えられる。

回答によると、IAMUメンバー大学以外の他大学や企業から講師を招聘できると答えたのは14大学であり、出来ないと答えたのは2大学であった。そして、1大学は無回答であった。”招聘できる”と回答した14大学が想定した大学や企業およびそのスタッフの詳細は不明であるが、学外にも潜在的な教師陣が存在する可能性は高いようである。

実現可能性

(1) 単位互換

Q.4
Some universities have the agreement that allows their students who have obtained credits at other university or institution to have those credits authorized as their university credits.  Do you have this kind of agreement with other university or institution?  If you do, that agreement is: [Between two universities / Among group member universities (more than 3 universities) / Both two and group member universities]

 

コリドールスクールの実現には、コリドール大学間で締結する単位互換協定の締結が鍵になる。そして、それは2大学間の個別の協定ではなく、コリドール大学グループの間の一括相互協定として調印されるのが望ましい。それは、単位を付与するのは複数の個別の大学であり、単位を取得するのも複数の個別の大学の学生であるからである。

コリドール大学グループ間の一括単位互換相互協定が調印されるためには、コリドールスクールで取得した単位が自大学の単位として質的に、また、水準的に適合すると各大学が認め、そして、各大学がコリドールスクールが提案する教育方法に賛同できる場合に、実現される。

アンケートでは、各大学の単位互換協定締結の実績について調査した。アンケートの回答によると、単位互換協定をすでにおこなっているのは14大学であり、おこなっていない大学は3大学、無回答が1大学であった。これら14大学はすべて2大学間の協定を締結している。そして、これら14大学のうち、5大学は3大学以上のグループ間協定を締結している。

このように3大学以上のグループ間協定は目新しいものではなく、すでに実績があるので、コリドール大学グループ間の一括単位互換相互協定の締結について大きな障害は無いと思われる。

(2)費用負担

Q.5
Suppose you are one of the Corridor universities, how much money do you expect to be cost for one international student to stay for one month in your university?  And which expense may be able to be funded or aided by your university?  (Tuition fee, Accommodation, Food)

 

コリドールスクールを実現するためのもうひとつの問題は、運営費用である。アンケートでは、学生たちがコリドール大学に1ヶ月間滞在するとき、どれほどの費用がかかるのか、各大学はどれほどの費用負担が可能なのかについて調査した。
これについては、18大学中16大学が回答を寄せた。16大学中7大学が授業料は不要と考えているが、この点については、運営費用を出来るだけ削減することが出来るように、グループ間の一括単位互換相互協定に相互に授業料は徴収しないという合意を含むことが望まれる。

1ヶ月間滞在する間に必要となる宿泊費と食費は、国によって大きな開きが見られた。概略の値では、最も安くつく国ではUSD100、最も高くつく国ではUSD1000と見ることが出来る。平均的には、宿泊費と食費合計で1ヶ月平均USD600~650となる。
なお、これらの費用について、一部を支援できると答えた大学は4大学あったが、多くの大学は“支援できない”と回答した。また、回答には“grants を求めてほしい”とのコメントがあった。

この他、コリド-ル学生が、自国からコリドール大学へ、コリドール大学から次のコリドール大学へと順次移動するために必要な航空運賃、コリドールスクールを運営するための経費、各大学における学生交流、文化交流等の経費等などが必要となる。

コリドールスクールを実現するには以上のような費用が必要となる。そして、コリドール学生の定員はひとえに財政規模に依存することになる。この運営費用の調達に関してはIAMUの活動の仕組みのなかにそのためのgrant systemを設置することが望まれる。

参加意欲

(1)コリドールスクールへの参加意欲

Q.6
Do you wish to send your students to IAMU Corridor System?


次に、コリドールスクールへの学生の派遣意欲について質問した。回答を寄せた18大学中11大学が”yes”と答えたが、“今のところわからない”が5大学、“no”が1大学あった。

この段階では、コリドール学生を派遣するには各大学にどのような義務や権利があるのかが不明な中で回答しなければならなかったために、回答者に戸惑いがあったように見受けられる。回答の中に“more details required”、”it depends on how much cost”などのコメントがそのことを示している。

 

Q.7
Do you wish to accept international students as a Corridor university and provide high-level lectures and international cultural exchange opportunities at your university?

 

コリドール大学になろうとする意欲については、回答を寄せた18大学中14大学が“意欲あり”と答えたが、“今のところわからない”が2大学、“no”が1大学あった。

まとめ
IAMUを構成する大学に対して行ったアンケート調査を通じて海事管理分野をひろくカバーできる講義内容ならびに教員の存在について、そのポテンシャルの高さを知ることができた。また、IAMUコリドールスクールを肯定する意見が大部分を占めた。また、海事管理教育分野の新しい教育システムを実施するために必要な高水準の講義を担当する教員が所属する大学が、コリドールスクールにそろって高い参加意欲を示していることは、IAMUを核とするネットワークを活用した次世代型の教育システムの実現の可能性は大きい。

今後は、参加意欲の高い大学間で、コリドールスクールの地域的組み合わせ、ならびに、管理分野の講義の適正な組み合わせを討議することによって、海事管理の分野において更に創造的な教育シシステムを構築していくことが出来るものと期待される。



海事教育維新